かつて嫌われていた日本人。村上春樹が見たアメリカは、いまどう変わったのか
「ミスター・マラカモ」と「梅干し弁当」
車の盗難に遭った村上さんが、警官や保険代理店の担当者に「マスター・マラカモ」とか「モロカミ」などと呼ばれたエピソードが「うず猫」に描かれています。
世界のムラカミも当時は(少なくともアメリカでは)無名だったようですが、それに加えて、一般のアメリカ人は日本人の名前を発音することに慣れていなかったという側面も見逃せません。
私自身「カクタニ」ですが、「カッカターナイ」みたいに呼ばれることは珍しくありませんでした。こちらが何回繰り返しても、発音することすら諦めてしまう人も多くいました。
しかし、最近のアメリカ人、とくに若い世代は、だいぶ日本語の発音に慣れてきたような気がします。私が指導する高校生たちは皆が「コーチ・カクタニ」ときれいに発音します。
テレビを見ても、アナウンサーが叫ぶMLBの「ショウヘイ・オータニ」も、NBAの「ルイ・ハチムラ」もちゃんと分かります。
プロレスラーの鈴木みのるが入場するときには、会場のファンが入場曲に合わせて「カッゼーニナレー」(風になれ)と大合唱するのです。
昭和の時代から「トヨタ」や「ミツビシ」や「ニンテンドー」やらの企業戦士たちが奮闘して日本語の単語を連呼してくれたおかげなのでしょうし、平成になってからの「ヒデオ・ノモ」や「イチロー・スズキ」たちの活躍に依るところも多いと思います。
1990年代前半といえば、日本のバブル経済はすでに弾け、日本企業がアメリカの不動産を買いまくっていた時代は過去の話になっていました。
それでも人々の意識はすぐに変わるものではありません。そのころはまだ、日本人といえば金持ちで、そしてどこか得体が知れない存在だと多くのアメリカ人に思われていたような気がします。
日本や日本人に対する、あからさまな反感に気がつくこともありました。
村上さんが見かけた、ある車に貼られた「梅干し弁当持ち込み禁止」のステッカーが「哀外語」にイラスト入りで紹介されています。私も当時似たような図をどこかで見た記憶があります。
もちろん、これは日の丸の旗に斜めの線を入れたもので、つまり「ストップ・ジャパン」といいたかったわけですね。そんなステッカーが売れるくらいには、日本を警戒するか、あるいは嫌う人がいたのです。
しかし、それも過去の話になりました。
幸か不幸か、ここ30年に日本経済が低調を続けたことに反比例して、アメリカ社会の一般的な対日感情は好転していったようです。
少なくとも、私自身は日本人であるということで嫌な思いをしたことはたぶん21世紀になってからは一度もありません。
むしろ、どこに行っても名前と顔を覚えてもらいやすいので便利ですし、日本で生まれ育ったことが個性のひとつとして認められているように感じます。
国家経済レベルでいえば残念なことなのかもしれませんが、アメリカに住むひとりの日本人としては現在の方がはるかに快適です。
もちろん、そうではないと感じておられる在米日本人の方もいるかもしれません。ここに記した文章はあくまで私個人の主観であることを、もう一度念を押しておきます。
- source:Wellesley College『Acclaimed Author Haruki Murakami Delivers Annual Cornille Lecture at Wellesley』,B.A.A.『https://www.baa.org/races/boston-marathon/qualify/history-qualifying-times』
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