美しくも悲しき海岸…第2の故郷・長崎の絶景に建てられた「遠藤周作文学館」

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2024/09/11

キリスト教を主題にした作品で知られる遠藤周作さん(1923~1996年)を記念した『遠藤周作文学館』が長崎市外海地区にあります。代表作『沈黙』の舞台となり、また生前の遠藤さんがもっとも愛した海岸に建てられたとのことです。

キリスト教文学者として世界的に有名な遠藤さんは、その一方で『狐狸庵』シリーズなどのユーモア・エッセイ、青春小説、心理サスペンス、時代小説など、さまざまな作風の作品を残しました。そのなかでもっとも多く登場した場所のひとつが長崎とその周辺です。

遠藤さんは東京で生まれ、幼いころは満州で過ごし、少年時代は兵庫県の灘中、大学は東京の慶應義塾大学、フランスに留学したのちに、また東京に戻りました。「狐狸庵」と名付けた自宅は町田市玉川学園にあります。

つまり、長崎とは縁もゆかりもないはずなのですが、遠藤さんは長崎こそ第2の故郷であると度々語っていました。『沈黙』以外にも、数多くの作品で長崎が登場します。

美しい風景と哀しい歴史

長崎市街の観光スポット「眼鏡橋」image by:角谷剛

遠藤周作文学館は長崎半島の西側海岸線を走る国道202号線沿いにあります。長崎駅からの距離は約25km。広い駐車場にレストランと売店がついた「道の駅」の隣にあります。

自動車で行くには格好の立地なのですが、公共交通機関を利用する場合は少しばかり時間と手間がかかります。長崎駅前から市バスに乗り、約1時間あまりの行程です。

バスは長崎市街を北上し、浦上四番崩れと原爆の悲劇で知られる浦上地区を通過し、やがて西へと方向を変え、海岸線に向かいます。バス停をひとつひとつ通過するたびに、都会の喧騒を抜け出し、豊かな自然の中へと入っていくように思えます。

遠藤周作文学館から眺める長崎市外海地区の海岸 image by:角谷剛

出発してから30分ほど過ぎたころからでしょうか。山が海に迫り、青い空と海が広がる、たとえようもなく美しく、そして明るい海岸線が、バスの車窓の向こうに広がってきました。大げさに言えば、私はこの風景を何十年も頭の中に描いてきました。

本を読んでいると、とくにストーリー上で重要な場面でもなく、名文でもなく、大きな意味を持つとは思えないような部分が、妙に気にかかることがたまにあります。


私には遠藤さんの著作を片っ端から読んでいた時期があるのですが、ある青春小説のなかで登場人物の青年が長崎近くの海岸線を眺めて「この辺りは日本のコート・ダジュールたい」と呟くシーンが頭に残りました。

どの作品だったかをはっきりと覚えていません。『砂の城』だったかと思うのですが、自信はありません。セリフの言い回しも微妙に異なっているかもしれません。

それでも、なぜか、このたった1行の文章から、美しい海岸線のイメージが私の脳裏に焼き付き、その後ずっと離れることはありませんでした。もちろんコート・ダジュール(南フランス地方の海岸)には一度も行ったことがありません。長崎を訪れるのも今回が初めてでした。

日本二十六聖人記念碑 image by:角谷剛

『沈黙』で描かれたように、このあまりにも美しい土地はただ美しいだけではありません。おびただしい血が流れた苦難の土地でもあります。

豊臣期から江戸時代にかけてキリスト教徒が迫害された時代に、信念を貫いて殺された殉教者、苦しみながら信仰を棄てた転向者、そして仏教徒を装いながら祖先から伝わったキリスト教を信仰し続けたかくれ切支丹たちの哀しい歴史です。私はそのことを遠藤さんの作品を通して知りました。

海を見下ろす場所に建立された文学碑『沈黙の碑』には「人間がこんなに哀しいのに 主よ 海があまりに碧いのです」という遠藤さんの言葉が岩に刻まれています。

海を見下ろす文学館

遠藤周作文学館遠景 image by:角谷剛

かくれ切支丹を迎え入れている、レンガ作りのカソリック教会「黒崎教会」の前を通り過ぎると、遠藤周作文学館はもうすぐ近くです。「文学館入口」と書かれたバス停で降車すると、目の前に道の駅があり、その奥にある、海に面した白い建物がそれです。

私が訪れたとき、館内の訪問者は私ひとりだけでした。平日の午前中だったという事情もあると思います。昨年の2023年は遠藤さんの生誕100年にあたり、さまざまな記念事業が行われたとのことですので、そのころはもう少し賑やかだったのかもしれません。

思うがまま、ゆっくりと見学することができましたので、私自身にとってはその日の館内が空いていたことはかえって好都合でした。

キリスト教という西洋の本質を主題とした遠藤さんは、もっとも普遍性のある日本の文学者だったのかもしれません。それだけではなく、『狐狸庵』シリーズのエッセイやユーモア小説で見られるように、さまざまな顔を持ったユニークなキャラクターの持ち主でした。

素人劇団『樹座』を主宰し、やはり素人を集めたコーラス団や囲碁団体を立ち上げるなど、文筆以外の活動でも知られています。そんな遠藤さんのいたずら好きでユーモアを愛した人柄が伝わってくる楽しい展示物も数多くありました。手書きの原稿などの貴重な文学遺産の数々を見ることももちろんできます。

長崎を訪れる人は、ぜひ足を伸ばしてみることをお勧めしたい場所です。建物の外から見下ろす海岸線を見るだけでも価値があります。五島灘に沈む夕陽の名所でもあるそうです。

  • 遠藤周作文学館
  • 長崎県長崎市東出津町77番地
  • 0959-37-6011
  • 観覧料(個人):一般360円/小中高校生200円
  • 休館日:12月29日~1月3日
  • 開館時間:9:00~17:00(入館受付16:30まで)
  • ホームページ
  • image by:角谷剛
  • ※掲載時の情報です。内容は変更になる可能性があります。

 

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角谷剛(かくたに・ごう) アメリカ・カリフォルニア在住。IT関連の会社員生活を25年送った後、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー部監督を務める。また、カリフォルニア州コンコルディア大学にて、コーチング及びスポーツ経営学の修士を取得している。著書に『大谷翔平を語らないで語る2018年のメジャーリーグ Kindle版』、『大人の部活―クロスフィットにはまる日々』(デザインエッグ社)がある。

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