モテる理由は顔じゃない。古今東西「イケメン」と呼ばれた男性たちの変遷
現代でも語り継がれる大正・昭和時代のイケメン
大正時代以降は、現代でもモテそうな顔立ちのイケメンが多くなります。幕末より活躍している武士や詩人まで、さまざまなイメケンが登場。
萩原朔太郎(1886年-1942年)
萩原朔太郎(はぎわら さくたろう)は、大正時代に近代詩の新しい地平を拓き、「日本近代詩の父」と称されるほどの偉大な詩人。大きくて澄んだ瞳が印象的。こんな眼差しを向けられたら、うっかり惚れてしまいそうです。
幼少期より神経質かつ病弱で孤独を好む性格でしたが、医者の息子でハイカラな服装をしていたことと、その端正なルックスから「プリンス」というあだ名で呼ばれていたのだそう。
高田稔(1899年-1977年)
大正・昭和期の俳優でありながら、映画プロデューサーも務めた高田稔(たかだ みのる)。無声映画や新興キネマなどで活躍した二枚目スターです。彫りが深く、顔の造形も日本人離れした美しさですね。
中原中也(1907年-1937年)
詩人である中原中也(なかはら ちゅうや)はかわいい系のイケメンです。「サーカス」という詩のなかで、ブランコが揺れる様子を「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」という擬態語で表現していましたが、こんなイケメンが読んでいると思うとさらにかわいく感じてきます。
東郷平八郎(1848年-1934年)
最後にご紹介するのは、東郷平八郎(とうごう へいはちろう)です。東郷平八郎といえば必ずといっていいほど歴史の教科書でも出会う人物ですよね。日本の幕末から昭和初期にかけて活躍した武士で、日清戦争や日露戦争を経験し、最終階級は元帥海軍大将として名を残しました。
明治時代には海軍士官としてイギリス留学を経験し、そのときの姿がとても美男子に写っています。
平安時代から昭和までをダイジェストで紹介しましたが、自分好みのイケメンは見つかりましたか?すべてのイケメンを紹介しきれませんでしたが、日本には見た目だけでなくまだまだ魅力ある男性が大勢います。
もしかしたら、いま推しているイケメンたちも後世に語り継がれる偉人になるかもしれません。その日のために、リアルタイムで推せる喜びを噛みしめて応援していきたいですね。
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