140年前の日本の人口ランキング、なぜ1位が石川県だったのか?

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2024/09/18

「東京時代」の始まり

image by:Unsplash

しかし、大正時代から徐々に、東京とその他の地域との人口格差が目立ち始めます。日本人の人口が5723万人だった1920(大正9)年の人口分布は次のとおりでした。

  • 東京府:3,699,428人
  • 大阪府:2,587,847人
  • 北海道:2,359,183人
  • 兵庫県:2,301,799人
  • 福岡県:2,183,249人
  • ※国勢調査

いよいよ、現在の人口分布に近い感じになってきました。トップ5以外で、200万人を超えた自治体は愛知県だけ。その他の県は、1908(明治41)年のころと比べて横ばいか微増といった感じです。関東大震災後の1925(大正14)年は次のとおりです。

  • 東京府:4,485,144人
  • 大阪府:3,059,502人
  • 北海道:2,498,679人
  • 兵庫県:2,454,679人
  • 福岡県:2,301,668人
  • ※国勢調査
image by:Unsplash

関東大震災の復興と共に、東京に人口が流れ込んだとも一部で指摘されています。この時例えば、鳥取県の人口は全国最小で472,230人です。大正時代ですでに、10倍近い人口の差が国内に生じています。

この後、ご存じのとおり、東京圏の人口増加は進みます。第2次世界大戦後の1950(昭和25)年の時点で、総人口に占める東京圏の人口の割合は15.5%、1990(平成2)年には25%となります。

地方創成が各方面で長らく訴えられ、道州制の議論が定期的に盛り上がり、先日の都知事選でも多極化を訴える候補がいました。

やはり、現在の東京一極集中は、長い歴史を見てもいびつな状態の様子。この先はどのような姿になっていくのでしょう。東京圏に暮らす人も、そうでない人も、大注目のトピックではないでしょうか。

 

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翻訳家・ライター・編集者。成城大学文芸学部芸術学科卒。富山在住。主な訳書『クールジャパン一般常識』、新著(共著)『いちばん美しい季節に行きたい 日本の絶景365日』。北陸のWebメディア『HOKUROKU』創刊編集長。WebsiteTwitter 

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